カンムリワシ
1970年代後半、新宿歌舞伎町
雑居ビルの中にある小さなスナック「ティーダ」
「ティーダ」とは沖縄の言葉で太陽という意味。
ママである夏美の故郷の言葉である。
「ティーダ」には、普通のお客に混ざって、多くのウチナンチューがやって来る。
この頃、歌舞伎町には沖縄からやって来たウチナンチューのコミュニティーがあり、「ティーダ」はそんなウチナンチューのホッとできる店である。
1972年5月15日午前零時、沖縄は本土に復帰して沖縄県になる。
その4年後
1976年10月10日、WBA世界チャンピオンのファン・グスマンと対戦した八重山が生んだ天才,具志堅用高はチャンピオンを一方的に攻めてマットに沈め、堂々チャンピオンの座を勝ち取った。
沖縄の星 『カンムリワシ』の誕生である。
この夜、日本中のウチナンチューが手に汗にぎり、涙と笑顔がごちゃ混ぜになりながら自らのアイデンティティーを確認した。
歌舞伎町のティーダもしかり・・・
企画書、プロダクションノートより
明日はロケハンに行ってまいります。
雑居ビルの中にある小さなスナック「ティーダ」
「ティーダ」とは沖縄の言葉で太陽という意味。
ママである夏美の故郷の言葉である。
「ティーダ」には、普通のお客に混ざって、多くのウチナンチューがやって来る。
この頃、歌舞伎町には沖縄からやって来たウチナンチューのコミュニティーがあり、「ティーダ」はそんなウチナンチューのホッとできる店である。
1972年5月15日午前零時、沖縄は本土に復帰して沖縄県になる。
その4年後
1976年10月10日、WBA世界チャンピオンのファン・グスマンと対戦した八重山が生んだ天才,具志堅用高はチャンピオンを一方的に攻めてマットに沈め、堂々チャンピオンの座を勝ち取った。
沖縄の星 『カンムリワシ』の誕生である。
この夜、日本中のウチナンチューが手に汗にぎり、涙と笑顔がごちゃ混ぜになりながら自らのアイデンティティーを確認した。
歌舞伎町のティーダもしかり・・・
企画書、プロダクションノートより
明日はロケハンに行ってまいります。


